研究内容 :ストロミュールの形成
ストロミュールの形成
「葉緑体」というものに対する世間一般のイメージは,おそらく,「風呂桶のような細胞の中に,静かにプカプカと浮かんでいる緑色のカプセル」のようなものではないでしょうか.そのような教科書的なイメージとは異なり,生きた細胞中の葉緑体は,細胞の中を移動したり,細胞のように分裂によって増殖したり,細い管を伸ばしたりもするダイナミックな存在です.葉緑体が伸ばす細い管は,古くは19世紀後半の論文に記載が見られ,1960年代までは散発的な観察報告があったのですが,その後忘れ去られたかのように研究報告がなされていませんでした.時は流れて1997年に至り,緑色蛍光タンパク質(GFP)によって生細胞中の葉緑体を蛍光で可視化する,という現代的な実験手法により,この細い管がアメリカの Hanson らの研究グループにより「再発見」されました.この細い管は,同グループにより,「ストロマ(プラスチド内部の液質;stroma)を含む管(tubule)」を意味する「ストロミュール」(stroma + tubule)と命名されました.ストロミュールはもともと葉緑体で見つかった構造ですが,後に,葉緑体以外の非緑色プラスチドの方がより高度にストロミュールを発達させることがわかりました.つまり,非緑色プラスチドのかたち作りを考える上で,ストロミュールはカギとなる構造と考えられます.
画像:ストロミュールの形成
ストロミュール(矢印)を伸ばすシロイヌナズナ葉表皮プラスチド
[プラスチドは YFP で標識]
2015年に発表された Brunkard らの論文中で,ストロミュールの形成は「a fundamental mystery of plant cell biology」(植物細胞生物学における根本的な謎)である,と記されています.細胞生物学という学問分野は,細胞内に形成されるさまざまな構造物の機能を解き明かし,また,それらがどのように形成されるか,その仕組みを明らかにしてきました.一方ストロミュールは,さまざまな陸上植物で見られる普遍的な構造であるにもかかわらず,その機能(生物学的存在意義)は何なのか,また,それがどのような仕組みで形成されるか,Hanson らの「再発見」から20年以上が経過した現在においても,ほとんど何もわかっていないのです.「種を超えて広く存在するにもかかわらず,機能も形成機構も未知の細胞内構造」というのは今日の細胞生物学においては稀有であり,ストロミュールはまさに「a fundamental mystery」と呼ばれるにふさわしい存在です.当研究室では,シロイヌナズナのストロミュール過剰形成変異体(suba 変異体;stromule biogenesis altered [ストロミュールの形成に異変]の略)を2種取得し,これらの変異体を手がかりとしてストロミュール形成という “mystery” に挑んでいます.
参考文献(より詳しく知りたい一般の方向け)
伊藤 竜一 (2013) 葉緑体の知られざる生活.琉球大学(編)知の源泉 ― やわらかい南の学と思想5,pp. 272–287.沖縄タイムス社,那覇
伊藤 竜一,藤原 誠 (2024) ストロミュール:色素体から伸長する管状構造 –再発見から機能と形成機構の解明へ–.化学と生物 62: 570–578